2011年11月13日日曜日

河上徹太郎『史伝と文芸批評』(三)


 河上徹太郎が亡くなったあと、ぼくは河上の執筆順序とは逆に、彼の作品を読んでいった。『わが小林秀雄』(昭和出版)、『歴史の跫音』(新潮社)、『わが中原中也』(昭和出版)、『近代史幻想』(文藝春秋)、『吉田松陰の手紙』(潮出版)、『有愁日記』(新潮社)、『吉田松陰――武と儒による人間像』(文藝春秋)。河上徹太郎の文章もクセがある。小林秀雄の文章にも通じる「くろうとの達文」だ。論理がないのに論理があると見せかける技、論理があるのに論理を崩して語る芸、いずれも熟練の技を拝み見ることができる。

 ぼくは、『文學界』1979年11月号に掲載された対談記事「歴史について」を超える文芸対談記事に、いまだにお目に掛かれないままである。チャンスに恵まれないのはぼくが怠惰になったせいもあるだろう。河上徹太郎は『日本のアウトサイダー』(中央公論社)の中で、中原中也、萩原朔太郎、河上肇、岡倉天心、大杉栄、内村鑑三らを《日本のアウトサイダー》として論じている。

 河上は、西欧における「インサイダー」対「アウトサイダー」という対立が、キリスト教の「正統」対「異教徒」に由来すると見る。その上で、「日本にはインサイダーがない」と前提する。「わが国では正統はただアウトサイダーの希望の中にだけあるのだ」と展開する。そして、《日本のアウトサイダー》とは、「いつも個人的に孤立した感覚なり思索なりの世界にあって、それによって現実にない正統主義の像をひたすら刻んでいる」、そのような人物なのだと結論する。

 いま、ぼくはこの河上徹太郎の言葉に重りをつけて、もう一度自分自身の心の中に垂らしてみようと思う。「個人的に孤立した感覚なり思索なりの世界」に己れの居場所を決めること。そして、その作業場で、「現実にない正統主義の像をひたすら刻んでいる」こと。河上徹太郎の生前最後の単行本『史伝と文芸批評』も近いうちに読み直してみようと思っている。そして、当然、小林秀雄との対談「歴史について」もいま無性に読み返したい。少しばかり、河上徹太郎を「鏡」にしてみようと思う。

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